大判例

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東京地方裁判所 平成11年(ワ)561号 判決 1999年6月07日

原告

松岡地所株式会社

右代表者代表取締役

松岡満喜子

右訴訟代理人弁護士

斎喜要

被告

株式会社キャンターコーポレーション

右代表者代表取締役

高田博之

被告

大屋染工株式会社

右代表者代表取締役

大屋善平

右両名訴訟代理人弁護士

村上昭夫

主文

一  被告株式会社キャンターコーポレーションは、原告に対し、別紙物件目録中(1)記載の建物(以下「本件建物(1)」という。)中地下一階、一階、二階の一部(別紙図面中①、②、③、④の部分)並びに同目録中(2)記載の建物(以下「本件建物(2)」という。)中一階部分(別紙図面中⑦の部分)から退去して別紙土地目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を明け渡し、かつ、平成一一年一月二〇日から右の明渡ずみまで月額七万円の割合による金員を支払え。

二  被告大屋染工株式会社は、本件建物(2)中二階部分(別紙図面中⑧の部分)から退去して本件土地を明け渡し、かつ、平成一一年一月二〇日から右の明渡ずみまで月額二万円の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一ないし第三項同旨

2  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、別紙土地目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を所有している。

2  被告株式会社キャンターコーポレーション(以下「被告キャンター」という。)は、平成一〇年一一月八日以前から、本件建物(1)中地下一階、一階、二階の一部(別紙図面中①、②、③、④の部分)並びに本件建物(2)中一階部分(別紙図面中⑦の部分)(以下これらを併せて「被告キャンター占有部分」という。)を占有して、その敷地である本件土地を占有している。

3  被告大屋染工株式会社(以下「被告大屋染工」という。)は、平成一〇年一一月八日以前から、本件建物(2)中二階部分(別紙図面中⑧の部分)(以下「被告大屋染工占有部分」という。)を占有して、その敷地である本件土地を占有している。

4  第2項記載の被告キャンター占有部分に対応する本件土地の賃料相当額は月額七万円であり、第3項記載の被告大屋染工占有部分に対応する本件土地の賃料相当額は月額二万円である。

5  よって、原告は、被告らに対し、各占有部分からの退去、本件土地の明渡とともに被告らによる本件土地占有開始後の平成一一年一月二〇日から明渡ずみまで土地賃料額相当の損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の各事実は認める。

2  同4の事実は争う。

三  抗弁

1(一)  松岡合資会社は、大屋善平(以下単に「大屋」という。)に対し、本件土地を賃貸し、大屋は本件土地上に本件建物(1)及び本件建物(2)を建築し、所有してきたが、松岡合資会社は、平成九年七月一〇日、原告に合併された。

(二)  大屋との間で、被告キャンターは被告キャンター占有部分を、被告大屋染工は被告大屋染工占有部分を、それぞれ賃借する契約をし、大屋から各契約に基づいて右の各占有部分の引渡を受けた。

2(一)  被告キャンターは、大屋に対し、商取引上の貸金債権を有する。

(二)  被告キャンターは、大屋から、商行為により被告キャンター占有部分の引渡を受けた。

(三)  被告キャンターは、原告に対し、商法五二一条の留置権に基づき、(一)貸金の支払のあるまで、被告キャンター占有部分の引渡を拒絶する。

3  被告らは、借地借家法三五条に基づき、本件土地の明渡について相当の期限の許与を求める。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の(一)の事実は認める。(二)のうち被告キャンターが被告キャンター占有部分を、被告大屋染工が被告大屋染工占有部分をそれぞれ占有していることは認めるが、その余の事実は知らない。

2  同2(一)、(二)の各事実は否認する。大屋は商人でない。被告キャンターの貸金債権なるものは架空債権であり、債権証書も架空のものである疑いがあり、また、大屋は土地所有者を害するために何ら商行為によらずに被告キャンターに本件建物を占有させた疑いもある。

(三)の主張は争う。不動産は商法五二一条所定の商人間の留置権の対象とはならないと解すべきである。

3  抗弁3の主張は争う。

五  再抗弁(抗弁1に対して)

1  松岡合資会社は、平成八年一二月一〇日到達の書面により、大屋に対し、同年二月分以降の本件土地の延滞賃料一二四万七六二〇円をその書面到達後一週間以内に支払うように催告した。

2  松岡合資会社は、平成八年一二月二一日到達の書面により、大屋に対し、本件土地の賃貸借契約を解除するとの意思表示をした。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁1の事実は不知で、同2の事実は認めるが、再抗弁の主張は争う。

本件土地の賃貸借契約の当事者である原告は、第三者である本件土地上の建物の賃借人の被告らに本件土地の賃貸借契約の解除を対抗することはできないと解すべきである。

理由

一  請求原因1ないし3の各事実は当事者間に争いがなく、甲第五号証と弁論の全趣旨を総合すれば、同4の事実を認めることができる。

二  抗弁1(一)の事実及び(二)のうち被告キャンターが被告キャンター占有部分を、被告大屋染工が被告大屋染工占有部分をそれぞれ占有していることは当事者間に争いがなく、その余の(二)の事実は弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。

三  再抗弁2の事実は当事者間に争いがなく、甲第四号証の一の一、二によれば、同1の事実を認めることができる。

ところで、被告らは、本件土地の賃貸借契約の当事者である原告は、第三者である本件土地上の建物の賃借人の被告らに本件土地の賃貸借契約の解除を対抗することはできないと解すべきであると主張する。

しかしながら、借地上の建物の賃借人の敷地使用権は、基本的に、建物の賃貸借において付随的な意味をもつにすぎず、その敷地使用の権能は建物所有者すなわち借地人の敷地使用の権能と独立したものではなく、後者に従属しその範囲内において行使されるにす

ぎないというべきである(もし、これを独立の権能と解するならば、敷地の転貸借となり、その承諾の要否の問題が生ずることに帰する。)。したがって、土地の賃貸借契約が債務不履行により解除された場合には、その基本に従い、建物賃借人の敷地使用権は建物所有者の敷地賃借権とその帰趨をともにし、建物賃借人の依拠すべき土地賃借権が消滅する結果、建物賃借人は土地所有者からの退去請求を拒むことができなくなると解される。借地借家法三五条は、まさしくその解釈を前提に、借地権の存続期間の満了の場合に限って一定の要件があるときは、土地の明渡につき相当の期限を許与することを特に認めたことが明らかである。そうすると、右の被告らの主張は失当といわなければなちない。

四  抗弁2について判断する。

被告キャンターは、大屋に対して貸金があることを主張して、原告に対し、本件建物について商法五二一条による商人間の留置権の抗弁をする。

しかしながら、大屋が商人である事実、被告キャンターが大屋から商行為により被告キャンター占有部分の占有移転を受けた事実の主張立証は全くなく、また、被告キャンターの貸金債権と主張されるものが弁済期にあることの主張立証もなく、かえって、甲第三号証の一、二、乙第一号証によれば、被告キャンターは、いずれも所有者大屋の協力を得て、本件建物(1)については東京法務局墨田出張所平成八年一二月二七日受付第六二九八六号により、本件建物(2)については同出張所同日受付第六二九八八号により、各建物の全部について、それぞれ原因を平成八年一〇月一日設定、借賃を一か月一平方メートル当たり五円、支払期を毎月末日、存続期間を契約日から満三年、特約を譲渡、転貸ができるとする賃借権設定仮登記を経由していること、大屋作成名義に係る平成五年八月一二日付の被告キャンター宛ての三〇〇〇万円の金銭借用証書が作成されて存在しているが、その借用証書の支払期日欄は空欄のままで明記されず、他に利息、遅延損害金の割合等に関する記載もないことが認められ、これらの事実によれば、大屋は、被告キャンターと通謀して、特に商人間留置権の要件となるべき事実がないのに、敷地所有者又は大屋に対する債権者らを害する意図で被告キャンターに対し被告キャンター占有部分についていわゆる詐害的な賃借権の設定をした疑いが濃いことが窺われる。

そうすると、被告キャンターの商法五二一条の留置権の主張は、その前提となるべき事実を欠くというべきである。

その上、そもそも不動産について商人間の留置権が成立するかどうかについて検討してみる。商人間の留置権は、民法上の留置権とは沿革を異にし、中世イタリアの商人団体の慣習法に起源をもつといわれ、ドイツ旧商法及び新商法がこれを明文化したもので、ドイツ旧商法では商人間の留置権の対象とされるのは有体動産に限られ、不動産を含まないと確定的に解釈されていたが、ドイツ新商法三六九条は、商人間の留置権の対象を「動産及び有価証券」と規定した。わが国の旧商法はドイツ旧商法を模範として立案され、現行商法は、法典調査会においてその旧商法に修正を加えて成案が作成されて明治三二年に制定されたが、商人間の留置権に関しては、二八四条に規定を置いており、昭和一三年改正により現行の五二一条に引き継がれた。そして、わが国の競売法(明治三一年制定、昭和五四年民事執行法の制定により廃止)は、民法(明治二九年制定) 及び商法(明治三二年制定)と併せて起草されたものであるが、動産については、「留置権者(中略)其他民法又は商法の規定に依りて其の競売を為さんとする者の申立」によって競売することを規定した(三条) のに対し、不動産については、「留置権者(中略)其他民法の規定に依りて其の競売を為さんとする者の申立」によって競売することを規定した(二二条)のであり、動産については商法の規定により競売すべき場合があるが、不動産については商法の規定により競売すべき場合はないと解されていた(明治三三年五月二六日民刑第七九九号民刑局長回答)。そして、商人間の留置権は、沿革に照らすと、当事者の合理的意思に基礎を置くと解されるが、商人間の商取引で一方当事者所有の不動産の占有が移されたという事実だけで当該不動産を取引の担保とする意思が当事者双方にあるとみるのは困難であり、右の事実のみを要件とする商人間の留置権を不動産について認めることは、当事者間の合理的意思に合致しないというべきである。さらに、登記の順位により定まるのを原則とする不動産取引に関する法制度の中に、目的物との牽連性さえも要件としない商人間の留置権を認めることは、不動産取引の安全を著しく害し、法秩序全体の整合性を損なうおそれもある。以上のような制度の沿革、立法の経緯、当事者意思との関係及び法秩序全体の整合性を併せて考えると、不動産は商法五二一条所定の商人間の留置権の対象とならないと解すべきである(東京高裁平成八年五月二八日判決・高民集四九・二・一七・判時一五七〇・一一八参照)。したがって、被告キャンターの商法五二一条に基づく留置権の主張は、主張自体失当であるともいうべきである。

五  抗弁3について

借地契約が債務不履行によって解除された場合には、借地借家法三五条の適用がないことは同条の趣旨から明らかであるから、同条のその余の要件の存否を検討するまでもなく、抗弁3の主張は、失当である。

六  以上のとおりであって、原告の請求はいずれも理由があるから認容し、訴訟費用の負担について民訴法六一条、六五条を、仮執行の宣言について同法二五九条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官成田喜達)

別紙<省略>

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